キャンディータフト【完】

 前の話

♡5

次の話 




 音楽室を後にした私達は、再び並んで廊下を歩いて行く。

 古びた木造建ての校舎は所々がもろく崩れ、窓からは隙間風が吹き込んでいる。

 そんな老朽化の進んだ校舎でも、私はとても好きだった。

 特に、歩く度にきしむ廊下が私のお気に入り。

 この学校が無くなってしまうなんて、やっぱり凄く寂しい。


「学校が無くなるのは、やっぱり寂しいね……」


 隣を見ると、そう呟いた大ちゃんが寂しそうな顔をする。


「うん……」


 大ちゃんも同じ思いでいてくれたんだと、少し嬉しく思いながら返事を返す。


「俺はさ、中1の1学期までしかいなかったけど……。やっぱり寂しいよね、母校がなくなるのは」

「そうだね。……私、大ちゃんと一緒に卒業したかったな」


 溢れ出た本音に、ハッとして大ちゃんの方を見る。


「ひよ……」

「……っ」


 辛そうな顔をして見つめてくる大ちゃんに目を逸らせなくなってしまった私は、そのまま黙って見つめ返した。


「俺も……。ひよと一緒に、卒業したかった。ずっと……側にいてあげたかった……っ」


 今にも泣き出しそうな表情を見せる大ちゃん。

 そんな姿に焦った私は、慌てて笑顔を作ると口を開いた。


「……っしょ、しょうがないもんね! お父さんの仕事の都合で、引越しになっちゃったんだから」


 決して大ちゃんを責めている訳でもなければ、こんな辛そうな顔をさせたかった訳でもない。

 何とかこの空気を変えようと、焦りながらも思案する。


「あっ……!」


 目に付いた少し色の変わった壁板に近付くと、そのままその場にしゃがみ込む。

 壁の下側にある、色の変わった五枚分の板。


「ほらっ! 大ちゃん」


 ニッコリと笑って振り返ると、笑顔を見せてくれる大ちゃん。


「……そんな事も覚えてたんだね」


 私の隣にしゃがんだ大ちゃんは、懐かしそうにその壁に触れた。

 昔はこの板を軽く叩くと簡単に外れ、外へ通じる穴となった。

 ここは、大ちゃんの秘密の近道。

 先生に見つかっては怒られ、それでも暫くするとまた大ちゃんはここを使っていた。
 
 『今日も見つかっちゃったよ』と悪びれた様子もなく、笑顔で話していた大ちゃんを懐かしく思う。


「張り替えられちゃったんだね。まぁ……流石にもう、通れないけど」

「大ちゃん、凄く大きくなっちゃったもんね」


 クスクスと笑いながら話す大ちゃんを見て、和やかな空気に戻った事に安堵する。


「……もうすぐ陽が落ちるね」


 立ち上がって窓の外を見る大ちゃんを追って隣に立つと、私は夕陽に染まった空を眺めた。


「教室に行こうか」

「うん」


 そう促された私は、笑顔で頷くと大ちゃんと並んで教室へと向かう。


「……ひよ。さっき、俺の席に座ってたね。……何で?」


 隣を歩く大ちゃんが、突然そんな質問を投げかけてくる。

 
(何で……。何でかは、わからないけど……)


「大ちゃんに見つけて貰えるかと思って」

「……そっか。見つけられて良かった」


 夕陽に染まった大ちゃんの横顔は、なんだか少し悲しそうに見えた。

 ーーそんな、気がした。


 教室の前まで着くと、開かれたままの入り口を潜ってそのまま教室へと足を進める。


「……ひよの席は、ここ」


 先程私が座っていた席に腰を下ろした大ちゃんは、椅子ごと後ろへ向くと目の前の机をトントンと叩いた。

 大ちゃんに言われた通り、私は黙って後ろの席へと座る。

 私と目を合わせた大ちゃんは、優しく微笑むと口を開いた。


「今日は、ひよに会えて本当に良かった……」


 なんだか、先程から少し様子のおかしい大ちゃんに戸惑う。


「うん。私も、大ちゃんに会えて良かったよ。ずっと会いたかったから……」


 素直な気持ちを伝えると、大ちゃんは少し悲しそうに微笑んだ。


(っ……。まただ……)


 先程から、時折見せる悲しそうな顔。

 私は、何かしてしまったのだろうか?

 言いようのない不安に、緊張した私は震える声で口を開いた。


「大ちゃん。私……何か悪い事、しちゃったのかな?」


 一瞬驚いた顔を見せた大ちゃんは、悲しそうな顔をすると私を見つめた。


「ひよは、何も悪い事なんてしてないよ。……俺が悪いんだ。ごめんね、ひよ」

「どういう事……?」


 私の質問に、ただ黙って悲しそうな笑顔を向ける大ちゃん。

 一体、何だというのかーー。

 
 大ちゃんをこんなにも悲しそうな顔にさせてしまっているのは、本当に私のせいではないのだろうか?

 拭えない不安に、私まで悲しくなってくる。


「ーーあっ。いたいた!」


 突然聞こえた声に目を向けてみると、教室の入り口にめぐちゃんが立っている。

 そのまま教室へと入って来ると、私達の目の前でピタリと足を止めためぐちゃんは、心配そうな顔をして口を開いた。


「……どうかしたの?」

「何もないよ……」


 大ちゃんが小さく微笑んで答えたのに対して、私は黙って首を横に振って応えた。


「……。……これ、渡しておこうと思って」


 少しの沈黙の後、そう言っためぐちゃんは目の前の机に封筒を置いた。

 そこに置かれた封筒には、【大ちゃんへ】と私の手書きの文字が書かれている。

 先程開けたタイムカプセルに入っていた手紙を、わざわざ届けにきてくれたのだ。


「ありがとう」

「ありがとう、めぐちゃん」


 めぐちゃんにお礼を告げると、私は再び封筒へと視線を移した。

 これを読まれてしまえば、私の気持ちが大ちゃんにバレてしまう。

 好きだと伝えたい気持ちと恥ずかしさで、大ちゃんの顔を見る事ができずに俯いた。


「っあの……。この手紙ね、1人の時に読んで……ね?」

「うん。わかった」

「誰にも見せちゃダメだよ?」

「大丈夫。絶対に誰にも見せないから」


 大ちゃんの言葉にホッと安堵すると、肩から力が抜けてゆくのを感じた。

 いつの間にか、緊張で肩に力が入っていたようだ。


「……ねぇーー」


 頭上からの声に顔を上げてみれば、そこには怪訝そうな顔をしているめぐちゃんがいる。

 私はめぐちゃんの口元を見つめると、ゆっくりと開かれる口の動きを目で追った。


「誰と、話してるの……?」




0