※※※
アルバイト先であるファミレスの更衣室で、壁にもたれ掛かりながら携帯を弄っている香澄。
そんな香澄は、私にチラリと視線を向けるとおもむろに口を開いた。
「ーーで、新しい家はどうなの?」
『それ、絶対に怪しいよ。やめときな』
ネットで見つけたシェアハウス募集サイトを見せた私に、香澄は以前そう言って反対をしていた。
シフトが被らなかった事もあり、それから香澄と会うのは約二週間ぶり。
その間に勝手に入居を決めて引っ越しまでしてしまった私に、『信じらんないっ! 私、止めたのに!』と怒りながらも、今もこうして私が着替えるのを更衣室で待っていてくれている。
本当に心配してくれているんだな、と思いながら、私は制服のボタンを留めて口を開いた。
「……うん。静香さんて言うんだけどね、凄く綺麗で優しいよ」
「本当に、家賃3万なんだ?」
「そうなの。未だに信じられないけど……凄く助かる」
大学に通いながら週4日のアルバイトに出ているだけの私には、家賃3万は本当に有り難かった。
ーー同棲なんて、するんじゃなかった……。
そんな後悔をしていた時、たまたま見つけたあの募集サイト。
即決して、本当に良かったと思う。
「本当に女の人なんだね……」
「……え?」
「3万なんて、どう考えても安すぎるでしょ? 女目当ての、キモいオヤジかなんかだと思ってたからさぁ……。3万なんて安すぎだし。何か裏があるんじゃないかって思ってたんだよね~」
そう言って、安心したかのように小さく溜息を漏らした香澄。
「確かに……。そんな事、考えてもいなかったよ……」
「……もうっ! 真紀はもっと、ちゃんと慎重に考えるべきだよ? 周りの意見もちゃんと聞きなよねっ」
口を尖らせて怒りながらも、「……でも、家見つかって良かったね」とポツリと零した香澄。
「うん、ごめんね。……ありがとう、香澄」
顔を覗き込んで微笑みかけると、少しだけ照れた様な素振りを見せた香澄は、「ホント、真紀は世話が焼けるよねっ!」と言いながら携帯をロッカーにしまった。
「今日は週末だから、きっと混むね。怠いなぁ……。そろそろ時間だし、行こっか」
ぶつくさと文句を言いながら壁に掛かった時計を見ると、ロッカーに鍵を掛けて扉の方へと歩いて行く香澄。
それに倣うようにして自分のロッカーに鍵を掛けると、私は香澄を追うようにして更衣室を後にした。
廊下を抜けた先にある店内をチラリと覗いてみると、夕飯時という事もあってか既にとても混雑している。
それを確認した私は、一度小さく深呼吸をすると「……よしっ。頑張ろう」と呟いてからホールへと続く道に足を進めたのだったーー。
※※※
ファミレスでのバイトを終えた私は、パンパンになった脚を引きずるようにして歩くと、なんとか家の前まで辿り着いた。
(それにしても、今日は地獄のように混んでたなぁ……。脚は痛いし、お腹も空いたよ……)
そんな事を考えながら目の前の門を開いて家の敷地へと入ると、1階の窓から灯りが漏れている事に気付いた。もう、夜中の2時だというのに。
(もしかして……。静香さん、まだ起きてるの……?)
玄関の扉を開いてゆっくりと中へ入ると、その気配に気付いた静香さんがリビングから顔を出した。
「ーーおかえり、真紀ちゃん。遅くまでお疲れ様」
「あっ。……た、ただいま、静香さん」
何だかまだ少し慣れなくて、ぎこちない返事を返してしまう。
ここに引っ越してきてから、1週間と少し。静香さんは、毎日こうして私の帰りを出迎えてくれる。
でもーー
今日は、流石にないと思っていた。いくら明日は土曜日でお休みとはいえ、深夜2時をまわっているのだ。
(寝ないで、私の帰りを待ってたのかな……?)
だとしたら、それは凄く申し訳ない。
引っ越し当日、静香さんはシェアハウスの募集経緯を私に話し聞かせてくれた。
念願だった持ち家を3年前に建てたものの、広すぎる家に1人で暮らすのもなんだか寂しい。かといって、男性と暮らすのは抵抗があった為、今回女性限定で募集をかけたと。
たまには休日に一緒に出掛けたり、食事を共にできる……そんな相手が欲しかったのだと。静香さんは、そう説明してくれたのだーー
「あの……っ。静香さん、もしかして私を待っててくれたんですか?」
「気にしないで。私が勝手に待ってただけだから」
そう言って優しく微笑む静香さん。その姿を見て、なんだかとても申し訳なく思う。
「それより、真紀ちゃん。お腹空いてない? 夜食作っておいたから、良かったら食べて」
そっと私の手を取ると、そのままリビングへと誘導する静香さん。
そのまま静香さんに連れられる形でリビングへと入れば、途端にフワリと香る、美味しそうな食事の匂い。
空腹だった私のお腹は、その匂いにつられてグゥーッと小さく音を鳴らした。
それを聞いた静香さんは、「やっぱり、作っておいて良かった」とクスリと微笑んだ。
恥ずかしくなった私は、赤くなった顔を俯かせると「っ……すみません。ありがとうございます」と小さな声でお礼を告げる。
ダイニングへ着くと、そこには夜食とは思えない程のたくさんの料理が用意されていた。
湯気が立っているのを見ると、私が帰宅するのを見計らって作ってくれたのだということがわかる。
ここに引っ越して来てからというもの、静香さんは毎日必ず私の為の夕食を用意してくれている。
引っ越し当日、静香さんが振る舞ってくれた手料理にとても感激した私。
自炊のできない私は、久しぶりに口にする手料理に実家を懐かしみ、静香さんの作ってくれた美味しい料理に感謝し、喜んだ。
そんな私を見た静香さんは、『私、料理が趣味なの。遠慮なく食べてね』と優しく微笑んでくれた。
ーーそんな出来事を、つい昨日の事のように思い出す。
きっとあの時の私を見て、静香さんはこうして毎日作ってくれているのだと思う。
そんな静香さんの優しさに、私は感謝の気持ちでいっぱいだった。
「……静香さん。本当に、毎日ありがとうございます」
席に着くと、料理を前に今一度改めてお礼を告げる。
「私ね、真紀ちゃんが美味しそうに食べてる姿を見るのが好きなの。遠慮なく、沢山食べてね」
目の前に座った静香さんは、そう言うと小首を傾げて優しく微笑んだ。
「はい。いただきます」
静香さんが見守る中、1人食事を開始する。
そんな私を笑顔で見続ける静香さんの視線が気になり、食べ進める手をピタリと止めると口を開いた。
「あの……。静香さんは、食べないんですか?」
「そうね。……じゃあ、一緒に食べようかな」
そう言って優しく微笑んだ静香さんは、自分の分の食器を出してくると私と一緒に食事を始めた。
「このお肉、美味しいですねっ」
「今日のお肉は、チキンよ。明日は豚肉にしようね。真紀ちゃん、豚肉は好き?」
「はい! 静香さんの作ってくれる料理なら、何でも好きですっ!」
「真紀ちゃんたら……。本当に、可愛いわね」
目の前でクスクスと笑う静香さんを見て、あのサイトを見てこの物件に出会えた事。
そしてーー静香さんに出会えた事に、心から感謝した。
今思えば、当初不安に思っていた自分が馬鹿らしくさえ思えてくる。
(こんなに素敵な人と出会えるなんて……。やっぱり、即決して良かった)
私はチキンの乗ったスプーンを口へと運ぶと、蕩けるように柔らかく煮込まれたお肉を4、5回噛んでから喉の奥へと流し込んだーー。
※※※
「ーー凄く硬くなってるわね……。可哀想に」
パンパンになった私の脚を揉みほぐしながら、悲し気な表情を見せる静香さん。
『今日は疲れたでしょ。私がマッサージしてあげる』
先程、そう言った静香さんに半ば強引にソファへと座らせられた私は、今、静香さんからマッサージを受けている。
元々、静香さんには少し過保護なところがある気がするが、流石にここまでしてもらうのには気が引ける。
「あの……っ。静香さん、本当に大丈夫ですから……」
「ダメよ。浮腫みは放っておくと、どんどん硬くなるんだから」
制する為に伸ばした私の手を優しく退けた静香さんは、そのまま私をソファの上で優しく倒すとうつ伏せにした。
「浮腫みは、その日の内に取っておかないとね」
そう言って私の脚を揉みほぐす静香さん。
(ここまでしてもらって、本当にいいのかな……)
そうは言っても、先程から静香さんがしてくれるマッサージはとても気持ちがいい。
バイトの疲れもあるせいか、何だか急激に睡魔が襲ってきたーー
ーーー!?
ヌルッとした生暖かい感触に、手放しかけていた意識が一気に覚醒する。
(っ……え? 今、舐められ……た?)
驚きに固まったままでいると、その後何事もなく五分程でマッサージは終わった。
ゆっくりと私から離れる静香さん。その気配を感じ、私はうつ伏せから起き上がるとソファへと座り直した。
「……どう? 少しは、軽くなったかしら」
私の顔を覗き込んで、優しく微笑む静香さん。
「あ……っ、はい」
「良かった」
フフッと微笑む静香さんを見て、さっきのは一体何だったのかとーー
一瞬、そんな疑問が頭をよぎる。
「真紀ちゃん、どうかした?」
不思議そうな顔をして私を見つめる静香さん。
そんな静香さんの姿を見ると、やっぱりさっきのは私の勘違いだったのだと。なんだか、そう思えてくる。
(あの時、突然の睡魔に襲われて半分寝かけてたし……。きっと、寝ぼけてたんだよね)
そう思って、自分に言い聞かせる。
「……いえ、ありがとうございました。とても気持ち良かったです」
「湯船に浸かると、疲れも取れるわよ。ゆっくり入ってらっしゃい」
私を見てニコリと微笑んだ静香さんは、「私は先に休ませてもらうわね。おやすみ、真紀ちゃん」と告げるとリビングを後にしたーー。
アルバイト先であるファミレスの更衣室で、壁にもたれ掛かりながら携帯を弄っている香澄。
そんな香澄は、私にチラリと視線を向けるとおもむろに口を開いた。
「ーーで、新しい家はどうなの?」
『それ、絶対に怪しいよ。やめときな』
ネットで見つけたシェアハウス募集サイトを見せた私に、香澄は以前そう言って反対をしていた。
シフトが被らなかった事もあり、それから香澄と会うのは約二週間ぶり。
その間に勝手に入居を決めて引っ越しまでしてしまった私に、『信じらんないっ! 私、止めたのに!』と怒りながらも、今もこうして私が着替えるのを更衣室で待っていてくれている。
本当に心配してくれているんだな、と思いながら、私は制服のボタンを留めて口を開いた。
「……うん。静香さんて言うんだけどね、凄く綺麗で優しいよ」
「本当に、家賃3万なんだ?」
「そうなの。未だに信じられないけど……凄く助かる」
大学に通いながら週4日のアルバイトに出ているだけの私には、家賃3万は本当に有り難かった。
ーー同棲なんて、するんじゃなかった……。
そんな後悔をしていた時、たまたま見つけたあの募集サイト。
即決して、本当に良かったと思う。
「本当に女の人なんだね……」
「……え?」
「3万なんて、どう考えても安すぎるでしょ? 女目当ての、キモいオヤジかなんかだと思ってたからさぁ……。3万なんて安すぎだし。何か裏があるんじゃないかって思ってたんだよね~」
そう言って、安心したかのように小さく溜息を漏らした香澄。
「確かに……。そんな事、考えてもいなかったよ……」
「……もうっ! 真紀はもっと、ちゃんと慎重に考えるべきだよ? 周りの意見もちゃんと聞きなよねっ」
口を尖らせて怒りながらも、「……でも、家見つかって良かったね」とポツリと零した香澄。
「うん、ごめんね。……ありがとう、香澄」
顔を覗き込んで微笑みかけると、少しだけ照れた様な素振りを見せた香澄は、「ホント、真紀は世話が焼けるよねっ!」と言いながら携帯をロッカーにしまった。
「今日は週末だから、きっと混むね。怠いなぁ……。そろそろ時間だし、行こっか」
ぶつくさと文句を言いながら壁に掛かった時計を見ると、ロッカーに鍵を掛けて扉の方へと歩いて行く香澄。
それに倣うようにして自分のロッカーに鍵を掛けると、私は香澄を追うようにして更衣室を後にした。
廊下を抜けた先にある店内をチラリと覗いてみると、夕飯時という事もあってか既にとても混雑している。
それを確認した私は、一度小さく深呼吸をすると「……よしっ。頑張ろう」と呟いてからホールへと続く道に足を進めたのだったーー。
※※※
ファミレスでのバイトを終えた私は、パンパンになった脚を引きずるようにして歩くと、なんとか家の前まで辿り着いた。
(それにしても、今日は地獄のように混んでたなぁ……。脚は痛いし、お腹も空いたよ……)
そんな事を考えながら目の前の門を開いて家の敷地へと入ると、1階の窓から灯りが漏れている事に気付いた。もう、夜中の2時だというのに。
(もしかして……。静香さん、まだ起きてるの……?)
玄関の扉を開いてゆっくりと中へ入ると、その気配に気付いた静香さんがリビングから顔を出した。
「ーーおかえり、真紀ちゃん。遅くまでお疲れ様」
「あっ。……た、ただいま、静香さん」
何だかまだ少し慣れなくて、ぎこちない返事を返してしまう。
ここに引っ越してきてから、1週間と少し。静香さんは、毎日こうして私の帰りを出迎えてくれる。
でもーー
今日は、流石にないと思っていた。いくら明日は土曜日でお休みとはいえ、深夜2時をまわっているのだ。
(寝ないで、私の帰りを待ってたのかな……?)
だとしたら、それは凄く申し訳ない。
引っ越し当日、静香さんはシェアハウスの募集経緯を私に話し聞かせてくれた。
念願だった持ち家を3年前に建てたものの、広すぎる家に1人で暮らすのもなんだか寂しい。かといって、男性と暮らすのは抵抗があった為、今回女性限定で募集をかけたと。
たまには休日に一緒に出掛けたり、食事を共にできる……そんな相手が欲しかったのだと。静香さんは、そう説明してくれたのだーー
「あの……っ。静香さん、もしかして私を待っててくれたんですか?」
「気にしないで。私が勝手に待ってただけだから」
そう言って優しく微笑む静香さん。その姿を見て、なんだかとても申し訳なく思う。
「それより、真紀ちゃん。お腹空いてない? 夜食作っておいたから、良かったら食べて」
そっと私の手を取ると、そのままリビングへと誘導する静香さん。
そのまま静香さんに連れられる形でリビングへと入れば、途端にフワリと香る、美味しそうな食事の匂い。
空腹だった私のお腹は、その匂いにつられてグゥーッと小さく音を鳴らした。
それを聞いた静香さんは、「やっぱり、作っておいて良かった」とクスリと微笑んだ。
恥ずかしくなった私は、赤くなった顔を俯かせると「っ……すみません。ありがとうございます」と小さな声でお礼を告げる。
ダイニングへ着くと、そこには夜食とは思えない程のたくさんの料理が用意されていた。
湯気が立っているのを見ると、私が帰宅するのを見計らって作ってくれたのだということがわかる。
ここに引っ越して来てからというもの、静香さんは毎日必ず私の為の夕食を用意してくれている。
引っ越し当日、静香さんが振る舞ってくれた手料理にとても感激した私。
自炊のできない私は、久しぶりに口にする手料理に実家を懐かしみ、静香さんの作ってくれた美味しい料理に感謝し、喜んだ。
そんな私を見た静香さんは、『私、料理が趣味なの。遠慮なく食べてね』と優しく微笑んでくれた。
ーーそんな出来事を、つい昨日の事のように思い出す。
きっとあの時の私を見て、静香さんはこうして毎日作ってくれているのだと思う。
そんな静香さんの優しさに、私は感謝の気持ちでいっぱいだった。
「……静香さん。本当に、毎日ありがとうございます」
席に着くと、料理を前に今一度改めてお礼を告げる。
「私ね、真紀ちゃんが美味しそうに食べてる姿を見るのが好きなの。遠慮なく、沢山食べてね」
目の前に座った静香さんは、そう言うと小首を傾げて優しく微笑んだ。
「はい。いただきます」
静香さんが見守る中、1人食事を開始する。
そんな私を笑顔で見続ける静香さんの視線が気になり、食べ進める手をピタリと止めると口を開いた。
「あの……。静香さんは、食べないんですか?」
「そうね。……じゃあ、一緒に食べようかな」
そう言って優しく微笑んだ静香さんは、自分の分の食器を出してくると私と一緒に食事を始めた。
「このお肉、美味しいですねっ」
「今日のお肉は、チキンよ。明日は豚肉にしようね。真紀ちゃん、豚肉は好き?」
「はい! 静香さんの作ってくれる料理なら、何でも好きですっ!」
「真紀ちゃんたら……。本当に、可愛いわね」
目の前でクスクスと笑う静香さんを見て、あのサイトを見てこの物件に出会えた事。
そしてーー静香さんに出会えた事に、心から感謝した。
今思えば、当初不安に思っていた自分が馬鹿らしくさえ思えてくる。
(こんなに素敵な人と出会えるなんて……。やっぱり、即決して良かった)
私はチキンの乗ったスプーンを口へと運ぶと、蕩けるように柔らかく煮込まれたお肉を4、5回噛んでから喉の奥へと流し込んだーー。
※※※
「ーー凄く硬くなってるわね……。可哀想に」
パンパンになった私の脚を揉みほぐしながら、悲し気な表情を見せる静香さん。
『今日は疲れたでしょ。私がマッサージしてあげる』
先程、そう言った静香さんに半ば強引にソファへと座らせられた私は、今、静香さんからマッサージを受けている。
元々、静香さんには少し過保護なところがある気がするが、流石にここまでしてもらうのには気が引ける。
「あの……っ。静香さん、本当に大丈夫ですから……」
「ダメよ。浮腫みは放っておくと、どんどん硬くなるんだから」
制する為に伸ばした私の手を優しく退けた静香さんは、そのまま私をソファの上で優しく倒すとうつ伏せにした。
「浮腫みは、その日の内に取っておかないとね」
そう言って私の脚を揉みほぐす静香さん。
(ここまでしてもらって、本当にいいのかな……)
そうは言っても、先程から静香さんがしてくれるマッサージはとても気持ちがいい。
バイトの疲れもあるせいか、何だか急激に睡魔が襲ってきたーー
ーーー!?
ヌルッとした生暖かい感触に、手放しかけていた意識が一気に覚醒する。
(っ……え? 今、舐められ……た?)
驚きに固まったままでいると、その後何事もなく五分程でマッサージは終わった。
ゆっくりと私から離れる静香さん。その気配を感じ、私はうつ伏せから起き上がるとソファへと座り直した。
「……どう? 少しは、軽くなったかしら」
私の顔を覗き込んで、優しく微笑む静香さん。
「あ……っ、はい」
「良かった」
フフッと微笑む静香さんを見て、さっきのは一体何だったのかとーー
一瞬、そんな疑問が頭をよぎる。
「真紀ちゃん、どうかした?」
不思議そうな顔をして私を見つめる静香さん。
そんな静香さんの姿を見ると、やっぱりさっきのは私の勘違いだったのだと。なんだか、そう思えてくる。
(あの時、突然の睡魔に襲われて半分寝かけてたし……。きっと、寝ぼけてたんだよね)
そう思って、自分に言い聞かせる。
「……いえ、ありがとうございました。とても気持ち良かったです」
「湯船に浸かると、疲れも取れるわよ。ゆっくり入ってらっしゃい」
私を見てニコリと微笑んだ静香さんは、「私は先に休ませてもらうわね。おやすみ、真紀ちゃん」と告げるとリビングを後にしたーー。
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