シェアハウス【完】

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※※※





 ーー静香さんと暮らし始めて、早いこと3週間。

 私は、何事もなく平穏な毎日を過ごしている。
 といっても、大学のレポートやらバイトやらで毎日が忙しい。

 そんな私の癒しといえば、たまの休みと毎日の夕食だった。

 静香さんは毎日欠かさずに夕食を作ってくれ、それを、必ず私と一緒に食べてくれる。静香さん自身、一人で食べるのが寂しいという理由からーー。
 勿論それもあるけれど、私も一人では食べたくなかったので、どんなに遅くなっても静香さんが待っていてくれる事がとても嬉しかった。

 静香さんの優しさが嬉しかった私は、待たせてはいけないと、友達と遊びに出掛けても必ず夕食前には家に帰宅するようにしていた。


(静香さんみたいな人が、彼氏だったら良かったのにな……)


 そんな風に思ってしまう程に、私の中で静香さんの存在は大きくなっていた。


(静香さんて、恋人とか……いないのかな?)


 3週間共に過ごしている内に、ふと疑問に思った事。

 私の見た限りでは、仕事へ行く以外毎日自宅にいる静香さん。
 とはいえ、朝は私の方が早く家を出て帰りは私の方が遅いので、実際には家にいる静香さんしか私は知らなかった。

 こんなに綺麗で優しい静香さん。
 恋人の1人や2人、いてもおかしくはない。


「静香さんて……。彼氏さんとか、いないんですか?」


 食洗機に食器を入れながら、近くにいる静香さんをチラリと見て質問してみる。


「んー……。男の人は、好きじゃないかな」

「え……?」


 予想外の回答に、ピタリとその場で動きを止める。


(それって、つまり……。女性が好きってこと……?)


 チラリと様子を伺うようにして静香さんの方へと視線を送ると、私を見つめていた静香さんと視線が絡まる。


「だって……。女の子の方が、プニプニしていて美味しそうでしょ?」


 そう言った静香さんの表情はとても妖艶で、ドキリと鼓動を跳ねさせた私は手元を滑らせた。



ーーーパリーン!



 滑り落ちた食器が、床にあたって砕ける。


「……すっ、すみません!」


 勢いよくその場に屈むと、砕けた食器を拾おうと欠片に手を伸ばす。


「っ……!」


 ピリッとした痛みを指先に感じた、次の瞬間ーー。
 指先に薄っすらとにじんだ赤色は見る見るうちに濃さを増し、ついにその重さに耐えきれなくなると、私の指先からポタリと床へと落ちた。


「ーー真紀ちゃん!」


 焦った声音を上げる静香さんは、私の隣に屈むと傷付いた私の指を掴んで自分の口の中へと入れる。



ーーー!?



 驚いた私は、反射的にその手を引っ込めた。
 そんな私の手をグッと引き戻すと、再び口に含んでピチャピチャと舐め始める静香さん。

 私は、そんな静香さんの姿から視線を逸らすことができなかったーー。


「真紀ちゃん……っ、真紀ちゃん」


 そう何度も呟きながらピチャピチャと指を舐め続ける静香さんの姿は、やけに綺麗で色っぽくて……。

 そして何故か、とても恐ろしくもあったーー。






※※※






「えっ?! 何それ! ……その人、レズなんじゃない?」


 最近あった静香さんとの出来事を相談してみると、一瞬驚いた顔を見せた香澄。


「やっぱり、そうなのかな……」


『男の人は好きじゃない』と、そうハッキリと言葉にしていた静香さんを思い返す。


「……で、どうするの? 家出るの?」

「んー……。別に、偏見がある訳じゃないし……。静香さん、良い人だから……」

「あのねぇ……、わかってる? 人の指舐めて、何度も名前呼ぶって異常だからね?! 真紀、絶対狙われてるから! ……家賃3万が惜しいのは、わかるけどさぁ〜」


 私の言葉に急に怒り出した香澄は、最後には呆れたような顔をすると大きく溜息を吐いた。

 確かに香澄の言う通り、あの時の静香さんは異常だった。
 ピチャピチャと音を鳴らして指を舐めながら、私の名前を何度も呼んでいた静香さん。あの異常な光景は、私の脳裏に焼き付いて離れない。

 静香さんの色気にドキリとしーー。
 それ以上に、恐ろしさで背筋がゾクリとしたのを覚えている。
 それでも、やっぱり家賃3万はとても魅力的で……。


(そもそも、あそこを出たら住む家がなくなっちゃうし……)


 黙ったまま俯いていると、そんな私を見た香澄が小さく溜息を吐いた。


「……ごめん。出たくても、もう出れないんだよね。私も、同棲してなかったら泊めてあげれたんだけど……」

「ううん、ありがとう。頑張ってお金貯めて……1人暮らしするよ」

「まだまだ、先になりそうだね」

「……うん」

「話しぐらいなら、いつでも聞くから。何もできないかもしれないけど……、困ったら言ってね?」

「うん、ありがとう」


 心配そうな顔を見せる香澄に向けて小さく微笑むと、私はロッカーを閉じて鍵をかける。


「……あっ! ねぇ。真紀の住んでる家って、どこにあるの? 私……ちょっと話してみるよ、静香さんと。話せば、安全かどうかわかるし」

「あ……、家は教えられないんだ」

「え……? 何で?」

「静香さんがね……。持ち家だから、自分の知らない人に個人情報は話して欲しくないって」

「……わかった。じゃあ、探すよ。真紀から聞かなきゃいいんでしょ? なら、自力で探す!」

「……えっ!?」


 その突拍子もない発言に驚き、目の前の香澄を見つめて目を丸くする。


「ここから徒歩10分だって、前に言ってたよね? 真紀の帰る方向は知ってるし、大丈夫。……うん、探せるよ!」


 自信満々に宣言する香澄に、思わず唖然とする。


「家の特徴だって、前に真紀に聞いたし……。うん、絶対に見つける自信ある! 私が勝手に見つけたなら、別に問題ないでしょ?」

「そこまでしなくても……。大丈夫だよ?」

「何言ってんの?! 絶対変だよ、その静香さんて人! 私が会って、見極めてやるんだからっ!」


 胸の前で腕組みをする香澄は、そう言って息巻く。


「家賃3万だってさ……もしかしたら、女の子目当てかもしれないよ? 相手が女の人だからって、安心しちゃいけなかったんだ……。あーっ、もう! 私のバカ!!」


 ロッカーから取り出した荷物を雑にまとめた香澄は、「じゃあ、早速今日探してくるから! バイト頑張ってね」と足早に立ち去ってゆく。


「あっ……!」


 止める間もなく、立ち去ってしまった香澄。
 パタリと音を立てて閉じられた扉を眺めながら、大丈夫だろうか? と心配になる。

 追いかけたいのは山々だけれど……。早番の香澄に対して、今日の私は遅番のシフト。
 先程バイトが終わった香澄と入れ違いで、私は今からバイトなのだ。


(あと、八時間か……)


「とりあえず……。バイトが終わったら、連絡してみよう」


 そう小さく呟くと、私は更衣室を後にしたのだったーー。




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