君は愛しのバニーちゃん

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11 悪魔、再び

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(今日はっ、た〜のし〜いっ、デートッの日〜っ♡)

 
 今にも踊り出しそうな勢いで、ルンタッタ・ルンタッタと軽快にスキップをしながら、カテキョに向かうご機嫌な俺。

 言っておくが。別に、熱中症でおかしくなった訳ではない。

 強いて言うなら……。


(うさぎちゃんに……っ、狂ってるだけさっ♡♡♡)


 1人、鼻の下を伸ばしてだらしなく微笑む。
 
 ルンタッタ・ルンタッタとスキップしながら角を曲がると、なにやら、そこにはカップルらしき一組の男女がいる。


(っ……クゥ〜ッ! 夏だね〜♡ 恋の季節だね〜っ♡ どんどん恋しろよ〜っ、ガキどもっ!)


 ご機嫌な俺は、中学生らしき若いカップルを眺めてそんなことを思う。

 そのまま軽快にスキップしながら、前へと向かって歩みを進めているとーー。



 ーーー!!?



 その見覚えある女の子の姿に驚き、近くにあった電柱にシュバッと素早く身を隠す。
 

(……あ、あれは……っ! いつぞやの……、悪魔っ!!!)


 ピンぼけのように、薄っすらとしかその姿は記憶に残っていないが……。
 
 あれはーー間違いなく。
 天使(美兎ちゃん)に初めて遭遇した時に、その傍らに居た少女だ。

 俺のことをキモいと罵り……。
 挙げ句の果てに、俺の顔面目掛けて雑にパンを投げつけてきたーー
 あの、悪魔のような女の子。


(っ……な、何で、こんなとこにいるんだ……っっ!!?)


 あの日の出来事に若干のトラウマを抱えていた俺は、プチパニックを起こして思わず身を隠してしまったが。
 冷静になって考えてみれば、あの子は美兎ちゃんの同級生。

 つまりは同じ学区なわけで……。近所で見かけたとしても、なんらおかしくはないのだ。
 現に、初めて2人に出会ったのも、この先にある公園だ。

 むしろ、あれから今まで遭遇しなかったことの方が、奇跡だったのかもしれない。
 電柱からコソッと顔を覗かせると、恐る恐ると悪魔ーーもとい、中学生カップルの動向を伺う。


(…………。たかだか中学生相手に、俺は何をこんなにビビッてんだ……?)


 だがーー
 相手はあの、悪魔のような女の子。


 万が一にでも正体がバレようものなら、また何を言われるかわかったもんじゃない。
 例えバレなくとも、通りすがりに”キモダサ眼鏡”とか馬鹿にしてきそうだ。

 ーーあの悪魔なら、その可能性は充分にあり得る。


(……仕方ない。遠回りだけど、迂回するしかーー)


 そう思ってきびすを返した、その時ーー。


「ーーもうっ! だから、しつこいってばっ!!」



 ーーー!?



 突然聞こえてきた荒々しい声に、ピタリと足を止めると声のした方へと視線を向けてみる。
 するとそこには、何やら男と揉めている悪魔がいる。


(ん……? 痴話喧嘩か?)


 先程までは仲良さげに見えていたカップルだったが、どうやら喧嘩でも始めたらしい。


(フッ……。これも、青春だな……。頑張れよ、ガキども)


 今の内にこの場からずらかってしまおうと、再び2人に背を向けて歩き始める。


「なんでだよ! ……いいじゃんか、少しくらい!」

「……っだから! 嫌だって言ってるでしょ!?」


 ただならぬ気配に、思わずピタリと足を止める。
 チラリと後ろを振り返って様子を見てみれば、嫌がる悪魔の腕を無理矢理掴んで、必死に引き止めようとしている少年の姿が目に入る。


(おいおい……。そんなんじゃ、モテねぇぞ、少年……)


 いくら相手は、あの悪魔とはいえ……。あれでは、女の子の扱いがまるでなっていない。
『ロリコン変態野郎』の俺ですら、女の子に対してあんな粗暴な態度は絶対にとらない。

 ーーそこはあれだ。最低限のモラルってやつだ。
 変態には、変態なりのモラルがあるのだ。


(…………。いや、待て。俺は別に、変態なんかじゃねぇし……)
 

 1人、そんなことを考えていると、益々ヒートアップしてゆく痴話喧嘩。


「……やっ! ちょっ、痛いから! 離してってば!!」

「いいじゃんかよ、キスくらい! 減るもんじゃないし!」

「……っはぁぁあ!? 何言ってんの!? あんた、バカじゃないの!!?」

「……っ! なんでだよ! いいだろ!? ……な? ーーって、あんた誰だよ!!?」

「……。……あっ」


 突然俺へと向けられたその視線に、ピクリと口元を痙攣らせると小さく声を漏らす。


(ヤベッ……。思わず、飛び出しちまった。どーすんだこれ……)


 気付けば、少年の腕を掴んで悪魔から引き離してしまっていた俺。
 なんとも気不味い、今のこの状況。ハッキリ言って、かなりピンチな予感しかしない。

 そう思ってゆっくりと視線を下へと向けてみると、そこには敵意剥き出しで俺を睨みつけている少年と……。その隣りには、唖然と俺を見つめている悪魔がいる。


(ゲッ……!!? ヤ、ヤベェ!!! ヤベェぞ、これ……!!? 何やってんだ……っ、俺のバカ野郎……ッ!!!)


 今更ながらに、その場で1人あたふたとする。
 

(……あ、あああっ、悪魔に気付かれる前にっ……!! さっさとこの場からずらからなきゃ、ヤベェ……ッッ!!!)
 

「だからっ! 誰だって聞いてんだろ!? ……シカトすんなよ、クソダサ眼鏡っ!!」


(ーー!!? クソダサ……眼鏡……だ、と……? こん、の……っ、クソガキがぁぁああ!!!)


 ピキリと額に血管を浮き立たせると、目の前のクソガキを見て口元をヒクつかせる。

 確かに、今の俺はクソダサ眼鏡だ。
 わざとそうしているのだから、それは仕方のない事実。

 だがーー
 こんな中坊のクソガキに、言われたかない!


(っ……この俺を、誰だと思ってやがる!! ナメやがって……っ、このクソガキがっっっ!!!)


「女の子には優しくしなきゃダメだよ、クソ……、少年。嫌がってるの……わかるよね?」


 青筋を立てながらもニッコリと不敵に微笑めば、そんな俺を見て瞬時に青ざめるクソガキ。
 所詮は中坊のガキ。チョロいもんだ。
 

「……じょっ、冗談に決まってるだろっ! ーーじゃあ俺、もう帰るから! ま……っまたな、衣知佳いちか!」


 掴んでいた俺の手を振り払うと、この場から逃げるようにして走り去ってゆく少年。
 そんな後ろ姿を眺めながら、悪魔のような笑い声を脳内で響かせる。


(……グハハハハッ!!! ブァカめっ!!! 俺に勝とうなんざ、1億年はぇーんだよっっ!!!)
 

「…………。あの……」

「ーーファッ……!!? ゥグッ!!」


 いきなり目の前にドアップで現れた悪魔の顔に驚き、瞬時に後ろに身体をけ反らせる。
 思いのほか仰け反ってしまったせいか、激痛の走った腰を抑えて悶絶する。


(ヤベェヤベェヤベェヤベェヤベェ……ッッ!!!! 絶対、ヤベェ……ッッ!!!!)


 俺の顔を覗き込むようにして見つめている悪魔を見て、悶絶しながらも片手は仰け反った腰に。もう片方の手で顔を覆って天を見上げると、必死に悪魔から顔を逸らす。


「…………」


 とてもじゃないが、到底モデルをしているとは思えない無様なポーズだ。

 ーーだが、今はそんな事を気にしてはいられない。
 なんとかこの場を、切り抜けなければっ!


「助けてくれて……、ありがとうございます」

「…………ふぇ?」


 予想外な言葉にチラリと指の隙間から様子を伺うと、ほんのりと赤く頬を染めた悪魔が俺を見て小さく微笑んだ。

 モジモジとした仕草が、いささか気にはなるところだが……。どうやらこの様子を見る限りでは、俺の正体には気付いていないらしい。
 ホッと胸を撫で下ろすと、ズレた眼鏡を直しながら姿勢を整える。


「いやいや、礼なんていいよ。たまたま通りがかっただけだから。……それじゃ、気を付けてね」
 

 今はバレていないとはいえ、いつ正体が見破られるとも限らない。長居は無用だ。
 そう思って、俺はそれだけ告げるとそそくさとその場を後にしたのだった。




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