君は愛しのバニーちゃん

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10 給水・夏の陣2020

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※※※



 大学の夏休みってのは、どうしてこうも無駄に長いのかーー


 お陰様で、合コンに呼ばれてはそのまま朝まで飲んだくれて……。
 たまにモデルのバイトをしては、そのまま遊びに出掛けて飲んだくれて……。
 
 もはや、何が楽しいのか自分でもわからない。ただ、毎日が飲んだくれのパーティー。
 

(これじゃ、”大学生”じゃなくて”大遊生”だな……)


 なんて思っていた、去年までのアホな俺はーー


 もう、ここにはいない!


 ピッチリと七三に分けた髪に、真面目そうな黒縁眼鏡をかけ。
 今日もパリッとのり付けされたシャツをチノパンにインして、キリリと顔を引き締める。

 今年の俺は、一味違う。

 去年までは無駄にダラダラと過ごしていた夏休みも、今年は充実した日々を送ると決めたのだ。

 叶うものなら、この充実した日々が一生続きますようにと。
 そればかり、願い続けながらーー。



 それは、なぜなら!

 夏休み期間中は、普段よりもカテキョの時間が増えるから♡

 普段は週1・2で通っていたカテキョも、夏休み期間中は週3へと増えた。

 カテキョの時間が増えたのは、勿論、美兎ちゃんが高校受験を控えた中学3年生だから。っていう、ちゃんとした理由はあるのだけど……。

 正直、美兎ちゃんはかなり優秀なので、こんなに増やす必要はなかった。

 だけど、折角の機会をみすみす自ら放棄するわけもなく。
 母親から勧められたこの提案を、俺は快く引き受けることにした。
 


 ーーそれは……つまり!

 単純に、美兎ちゃんと一緒に居られる時間が増えただけという。俺にとって、ナイスな展開となった。


(……今年の夏はっ! ”大遊生”ではなく、”大恋愛”に励みます……♡)


「ーー瑛斗先生っ! 水分補給しに、あの河原まで行こうっ?」

「うんっ♡ ……階段、気を付けてね(マイ・ワイフ♡)」


 キリリとした顔から瞬時に破顔させると、鼻の下を伸ばしてフラフラと美兎ちゃんの背中を追い掛ける。

 こうして、カテキョ終わりに『山田』の散歩に付き合うことも、いつしか習慣となった。

 まぁ……。少しばかり、この空間に『山田』がいることが邪魔な気もするが。
 【散歩】という名目な以上、仕方がない。


(……邪魔だけはするなよ、山田)


 プリプリとケツを振って歩く仔犬を眺めながら、心の中でそんな釘を刺す。

 
「『山田さん』。はい、お水だよ〜」


 トポトポとミネラルウォーターを注ぎながら、山田の目前にシリコン製の器を差し出した美兎ちゃん。
 それを、美味しそうにペロペロと飲み始める『山田さん』。

 こうも甲斐甲斐しく、美兎ちゃんからお世話してもらえるとは……。相変わらず、犬の分際で生意気だ。

 
(俺だって……っ! うさぎちゃんに、お世話されたいのにっ!!)


 そんな不毛な嫉妬を抱きつつ、愛おしそうに『山田さん』をナデナデする美兎ちゃんの姿を眺める。


(……グハッ! ……てっ、天使だ……っ!!!)


 その驚異的な可愛さに思わず片手で顔面を覆うと、フラリと後ろへよろけてはグッと堪える。

 俺はいつかーー

 この可愛さの暴力に耐えきれずに、死んでしまうのでは……? 
 そんな一抹の不安を、日々、薄っすらと感じている。

 ズキズキと痛む股間を太腿をすぼめて抑えると、ハァハァと一人呼吸を荒げる。


(これが……っ! ”腹上死”ってヤツかっ?!!)


 指の隙間からチラリと美兎ちゃんを見ては、鼻の下を伸ばしてだらしなく微笑む。
 その姿は、完全に『ロリコン変態野郎』そのものだ。

 そろそろ、”自首しろ”なんて声が……。どこかから聞こえてきても、おかしくはない。


「今日は、あっついね〜。『山田さん』。お水で遊ぼっか!」

 
 山田のリードを引くと、サンダルのまま川へと入水した美兎ちゃん。
 足首程の高さしかない水位で、楽しそうに山田とパシャパシャと遊ぶその姿はーー


(ーーまさに、天使の水浴びだ♡)

 
 潰れた顔の不細工な仔犬が……。絵面的に、ちょっと邪魔だ。
 そんなことを思いながら、蕩けた笑顔で美兎ちゃんの姿を眺める。
 
 すると、バシャバシャと嬉しそうに駆け回る山田は、俺の目の前まで来ると突然バシャリと飛び跳ねた。

 グッショリと水浸しになる、俺のチノパン。


(……クソッ! 山田めっ!!)


「……よくもやったな〜! この野郎〜!」


 笑顔を取り繕って川へと入ると、闘争心剥き出しでバシャバシャと山田へ水攻めを開始する。


(俺を敵に回すとは……っ、ブァカなヤツめっ!! グハハハハッ!!!)


 悪魔のような笑い声を頭の中で響かせると、チョロチョロと動き回る山田を必死に追いかける。

 なんだか、山田が嬉しそうに見えるのは……。きっと、俺の気のせいだろう。
 そう、思っておくことにする。


「ミト&『山田さん』チームと、瑛斗先生の勝負ぅ〜!」


 楽しそうな笑い声を響かせながら、パシャパシャと俺に水をかけ始めた美兎ちゃん。


(……えっ?!! 俺、美兎ちゃんの敵なの?!!!)


 いつの間にやら始まっていた勝負に、その組み合わせを聞いて軽くショックを受ける。


(ゥグッ……。クソォォオー!! お前なんて、嫌いだーっっ!!!!)


 俺の目尻から流れ出た悔し涙は、山田が走り回って飛び散った水と混ざり合い、空へ舞って儚く消えていった。
 
 それはそれは、綺麗に光り輝いてーー。


 グッと口元に力を込めると、気持ちを新たにせめて一矢報いようと、夢中になって山田を追いかける。


(ところで……。勝敗って、どこで決まるんだ……?)


 頭の片隅でそんなことを考えながらも……。楽しそうにはしゃいでいる美兎ちゃんの姿を見ると、勝敗などどうでもよくなってくる。
 
 いつしか、この戯れを純粋に楽しむようになっていた俺は、鼻の下を目一杯伸ばすと歓喜に心を震わせた。

 だってこれは、まさしく……。
 テレビなんかでよく見る、海辺で楽しそうに水を掛け合うーー


(カップルみたいじゃないか……っ♡)


 一人、妄想にふけっていると、容赦なく美兎ちゃんからバシャバシャと水を掛けられ、頭のてっぺんから全身ビショビショになる。


「…………」


(そんな、容赦ないうさぎちゃんも……愛してるよ♡)
 

 美兎ちゃんからの愛ある水攻めを甘んじて受け入れる俺は、その間髪入れない容赦ない攻撃に、もはや呼吸すらままならない。


(このままじゃ俺……。愛に、溺れちまうよ……っ♡)


 それもまた、至福かなーー

 そんなことを考えながらも、容赦なく続く水攻めに本気で溺れかけては、アプアプと必死で呼吸を繰り返す。

 すると突然、チョロチョロとやって来た山田に足元をすくわれ、後ろへよろけるとそのままバシャリと尻餅をついた。


(……クソッ! また、お前かっ!!! 山田!!!)


 山田のお陰で、水攻めから救われた……。なんていう事実は、さておき。
 
 山田の存在は、邪魔で仕方がない。


(いつか、覚えてろよっ!)


 プリプリとケツを振りながら近づく山田の頭に触れると、ポンポンと軽く叩いて戦線布告する。


「瑛斗先生、大丈夫? ……美兎達の、勝ちだねっ!」


(え……? いつの間に……俺、負けたの?)


 そんなことを思いながら頭上を見上げてみれば、そこにはキラキラと輝く満面の笑顔の美兎ちゃんがいる。
 
 山田に負けたことは悔しいが、この笑顔が見れるのなら……。まぁ、”負け”でもいいか、なんて。

 そんな風に思ってだらしなく微笑むと、その視線を何気なく美兎ちゃんの胸元まで下げてみるーー


(ーーーー?!!?!! グオォォオーーッッ!!!!)


 ブシューッと盛大に鼻血を吹き出した俺は、そのままゆっくりと倒れると仰向けにひっくり返った。


「……キャーーッッ?!!! 瑛斗先生が、死んじゃうっっ!!!!」


 心配そうに駆け寄る美兎ちゃんを他所に、俺の血走った瞳は、美兎ちゃんの胸元を凝視したままギンギンにカッ開く。


(これが……っ。試合に負けて、勝負に勝つ……ってやつ、か……?!!! なら……っ! いくらでも、試合に負けたって、いい……っっ!!!!!)


 水面から薄っすらと顔を出したまま、ドクドクと流れてゆく俺の鼻血。
 
 まるで事件現場かのように赤く染まってゆく川の中で、俺は歓喜の涙を流しながらゴボゴボと泡を出して微笑んだ。

 
(おっぱい……バンザイ♡♡♡♡)


 スケスケの美兎ちゃんのブラジャーをガン見しながら……。
 このまま死んでもいいと。本気で思えた。

 この日の思い出は俺の心に深く刻まれ、一生忘れることはないだろう。

 美兎ちゃんにもまた、この日の惨劇は恐怖体験として深く刻まれ、一生忘れることのない思い出となった。




 ーーこれが、後に語り継がれることとなる【給水・夏の陣2020】。


 鼻血もまた、後ろに倒れながら噴き出せば、綺麗な放物線を描くのだと。
 そんな新たな発見をした。


 キラキラと輝く赤い飛沫を上げて、見事な虹を作ったーー

 2020年、夏の思い出。




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