歪ーいびつー【完】

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※※※





「ーー夢。ほら、早く」

「……」

「どうしたの?」

「…………」


 目の前に差し出された掌を見つめ、どうしたものかと思案する。

 高校へ入学してから、早いものでもう2週間が過ぎた。
 思えば入学式の日から、奏多くんはこうして私と手を繋ぐ事を強要するようになった。


「……奏多くん。手は……繋がなくても大丈夫だよ?」

「ダメだよ。夢は手を繋いでないと、危ないんだから」


 いつまで経っても、差し出した手を握ろうとしない私にしびれを切らしたのか、奏多くんは勝手に私の右手を握るとそのまま歩き始めた。


「っ……か、奏多くん」


 繋がれた右手を解こうとするも、ニコリと微笑む奏多くんは離そうとはしてくれない。
 その様子を見て観念した私は、大人しくそのまま登校することにした。


(奏多くん、どうしちゃったんだろう……)


 最近、少し強引なところのある奏多くんに戸惑い、小さく溜め息を吐く。
 そのまま手を繋いだ状態で学校へと到着すると、昇降口に入って自分の下駄箱を開いた。


(っ……! あぁ……、ついに始まった)


 下駄箱を開いたまま、その場に立ち尽くす。 
 そんな私に気付いた奏多くんは、「どうしたの?」と言って近づくと私の下駄箱を覗いた。


「あぁ……またか」

「っ……。うん……」


 空っぽの下駄箱を見つめる奏多くんが、ポツリと小さく呟く。
 奏多くんの言う”また”とは、そのままの意味で……。私は、以前にも同じような事をされた事があるのだ。

 それは中学生の頃。たぶん、奏多くんと私が毎日一緒にいたから。
 奏多くんはカッコよくてモテるから……。きっと、こんな私が隣にいる事を許せない女の子達から、嫌がらせをされるのだ。

 それは中学を卒業するまで、3年間も続いた。
 頻繁にあるわけではなかったが、それでもやっぱりこんな事をされれば悲しくて辛い。


「ちょっと待ってて」


 そう言ってその場を離れた奏多くんは、1分程で戻ってくるとスリッパを差し出した。
 私は奏多くんからスリッパを受け取ると、来賓らいひん用と書かれたそのスリッパを履いてペタペタと歩き始める。


(恥ずかしい……)


 チラチラと向けられる周りからの視線に耐え切れず、顔を俯かせると足元を見つめる。
 
 高校でも3年間これが続くのかと思うと悲しくて、隣にいる奏多くんに気付かれないよう、私は静かに涙を流したのだった。







※※※







「ーーそれでは、男女4名ずつのグループを作って、まずはこの時間を使ってお互い交流を深めるように」


 来週行われる2泊3日のオリエンテーション合宿の説明をした先生は、そう告げると席に座って本を読み始めた。


「夢ぇ~! もっちろん、一緒だよねっ!」


 私の元へと駆け寄ると、そう言ってウィンクしてみせる朱莉ちゃん。


「うんっ! でも……。あとの6人はどうする?」

「とりあえず、楓は決まりだねっ! あとは……。まっ、何とかなるっしょ!」


 そう言って笑った朱莉ちゃんは、「お〜い! 楓ぇ〜!」と楓くんを呼びつけると、その他メンバーもササッと集めてグループを作ってしまった。
 朱莉ちゃんの率先力には、本当に感服する。


「じゃあ〜。まずは自己紹介ねっ! 私は、橘朱莉。北中から来ました。よろしくね!」


 元気よくこの場を仕切ってくれる朱莉ちゃん。
 昔からパッチリとした大きな瞳は今でも健在で、少し派手目な今時の女の子へと成長した。


「同じく北中出身、麻生楓。皆んなよろしくね」


 昔は女の子みたいに可愛らしかった楓くんは、今では色気のある中性的な高身長イケメンへと成長した。

 その後も次々と自己紹介をしていく中、その情報量の多さに処理しきれなくなった私の頭はパニックに陥り、その場で1人、あたふたとする。


「……夢ちゃんの番だよ?」


 グルグルと脳内で目を回していた私は、突然楓くんから話しかけられたことで、またもパニックに陥った。


「ゆ……夢です、よろしくお願いします。……あっ! 藍原のっ、北中です」


 可笑しな自己紹介をする私を見て、隣にいる楓くんがクスクスと声を漏らす。

 元々人見知りな私は、普段から優雨ちゃん達4人としかあまり接点を持たない。
 4人だけでは不満という訳では勿論ないのだけれど、この機会に友達が増えたらいいな。なんて期待していた私は、『失敗しちゃった……。もう無理だ』と早々に諦めたのだった。





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「……えっ?! ただの幼馴染?!」

「う……、うん」

「え?! だって、毎日手繋いで登下校してるよね?」

「…………」


 今、私の目の前で身を乗り出して話しているのは、長谷川由紀ちゃん。ショートカットのよく似合う、快活な女の子だ。

 自己紹介が失敗に終わって、友達作りを諦めていた私に優しく話し掛けてくれたのだ。
 そしてーー今のこの会話は、奏多くんとの関係について。

『夢ちゃんの彼氏、イケメンだね』と言われ、彼氏なんていないと答えると、それから色々と質問責めに合っている。


「付き合ってないのに、どうして毎日手を繋いで登下校してるの?」


 不思議そうに質問する由紀ちゃんを前に、回答に詰まった私は沈黙してしまった。


(どうしてなんだろう……)


 私も、よくわからないのだ。


「奏多は、昔から夢に過保護なんだよっ。妹的に思ってるんじゃない?」


「ねっ?」と笑顔でフォローしてくれる朱莉ちゃん。


「じゃあ、夢ちゃん本当にフリーって事……?」


 少し見た目の軽そう? な感じの織部隼人くん。
 髪の毛は金髪色に染まり、制服は……同じ制服を着ているとは思えないほどに着崩されている。
 それでも、顔立ちは整っているのでイケメンに分類されるのだろう。

「じゃあ、俺狙っちゃおっかな〜」なんて言っている姿は……。正直、苦手だと感じてしまう。


「楓くんは彼女いるの? まぁ、これだけイケメンならいるか〜」


 そう言ってアハハと豪快に笑う由紀ちゃん。


「俺は、彼女なんていた事ないよ?」


 楓くんがそう言って小首を傾げてニッコリと笑えば、「うそぉーーっ!?」と周りにいた女の子達が騒ぎ始める。


「あ〜。楓はね、彼女はいないけどヤるだけの女なら沢山いるよ。……ねっ?」


 そう言って楓くんの肩をポンッと叩く朱莉ちゃん。
「……あ~」って納得した様子の周りと、ポカンと固まる私。


「夢ちゃんの前で、そんな話しはしちゃダメだよ? 朱莉ちゃん」


「何でもないから。気にしないでね、夢ちゃん」と言ってニッコリと微笑んだ楓くん。


 その後も色々な話しで会話に花を咲かせていると、だいぶグループの人達とも打ち解ける事ができた。
 ちょうどその頃、終業のチャイムが鳴り響き、帰り支度をする為に皆んながそれぞれの席へと戻ってゆく。

 私も自分の席に戻って帰り支度をしていると、いつの間に来たのか目の前には由紀ちゃんが立っていた。


「夢ちゃん。せっかく同じグループになったことだし、連絡先交換しない?」

「あっ……うん!」


 由紀ちゃんの提案が嬉しくて、満面の笑顔で大きく頷く。


「やぁ~ん! ちょ~可愛いぃ~!」



ーーー!!?



 いきなり抱きついてきた由紀ちゃんにビックリして、危うく手に持っていた携帯を落としそうになる。


「……あっ! ごめんねっ」


 一人慌てふためく私を見て、ペロッと舌を出して可愛らしく謝った由紀ちゃん。

 2人で連絡先を交換していると、いつの間にか周りには皆んなが集まってきて、気付けばグループ全員での交換となっていた。


(こんなに一気に友達が増えるなんて……。嬉しいなぁ)


 携帯を見つめながらそんな事を思うと、嬉しさから小さく笑みが溢れる。


「ーー夢」


 突然呼ばれたその声に視線を向けてみると、笑顔でこちらに近づいてくる奏多くんがいる。

 そのまま私の目の前までやって来た奏多くんは、机に置かれたままだった私の鞄を持つと、「帰るよ、夢」と言って私の手を握った。

 表情こそ笑顔だが、なんだか握る力がいつもより強い。


「あっ……うん。じゃあ……皆んなまた明日、バイバイ」


 そう告げると、「夢ちゃんバイバイ」と皆んなが口々に応えてくれる。
 
 私を連れて教室を出た奏多くんは、握った手をグイグイと引っ張って無言で歩いて行く。


「あの……っか、奏多くんっ」


 名前を呼んでも、振り返ってもくれない奏多くん。そんな様子に少しの不安を抱きつつも、私はもつれそうになる足を懸命に動かして着いて行った。


 その日の奏多くんは終始無言でーー

 やっとその重たい口を開いたのは、私の家の前に着いた時だった。


「ーー夢。携帯、出して」

「……え?」

「携帯。早く出して」


 奏多くんの口調が少しだけ強まり、怖くなった私は素直に鞄の中に手を入れると携帯を探した。
 プルプルと震える手で携帯を取り出した、その瞬間ーーサッと携帯を取り上げた奏多くん。

 手際よく操作する奏多くんは、何かし終わると私の掌へ携帯を返す。


「……夢は良い子だね」


 笑顔でそう告げながら私の髪を撫でると、「また明日」と言って帰ってゆく奏多くん。
 
 一体、何だったのかーー

 呆然と立ち尽くす私は、その後ろ姿を少しの間見送ると、自分の部屋へ行き先程返された携帯の中身を確認してみた。

 ーーすると、今日交換した男の子達の連絡先が全て消されている。


「……どう、して……っ」


 携帯を持つ手が小刻みに震え出し、私はまるでその震えを抑えるかのように、キュッと固く唇を結んだ。



 この日ーー

 私は、初めて奏多くんに対して”怖い”という感情を抱いたのだった。




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