歪ーいびつー【完】

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※※※







「ーー夢ちゃん。これ……」

「……っ」

「こういうの……頻繁にされてるの?」


 楓くんの言葉に、思わずその場で固まる。



『夢ちゃん。ちょっと来て』


 先程、そう告げると教室の隅に私を呼び出した楓くん。
 そこで差し出されたのは、ボロボロになった悪口だらけの私の教科書だった。


「…………」

「……ごめんね。たまたま机にぶつかったら、これが落ちてきたから……」


 申し訳なさそうに誤った楓くんは、その瞳を悲し気なものへと変えると静かに私を見つめた。


「夢ちゃん……。奏多はこの事、知ってるの?」


 その言葉に、フルフルと顔を横に振って答える。


「でも……。これって、奏多の事が原因でしょ?」


 未だ楓くんの手元に握られている教科書には、【別れろ!】という文字が書かれている。


「……そもそも、夢ちゃん本当に奏多と付き合ってるの?」


 私の肩に手を乗せ、俯いてしまった私の顔を覗き込む楓くん。


「ーー触るな!」



ーーー!?



 突然、怒りを含んだ大きな怒鳴り声が教室中に響き渡り、驚いた私はビクリと小さく肩を揺らした。

 恐る恐る、声のした方へと視線を向けてみるとーー
 そこには、明らかに怒っている奏多くんがいる。

 教室の隅で隠れるようにして話していた私達に近付くと、「夢に触るな!」と言って楓くんの胸倉を乱暴に掴んだ奏多くん。
 その手をパシリと弾いた楓くんは、乱れた制服を直すと口を開いた。


「ーー奏多さ。夢ちゃんが何されてるか、知ってるの?」

「……っ楓くん、やめて! いいの、大丈夫だから……っ!」


 楓くんが話し出そうとしている内容に焦った私は、楓くんの腕を掴むと必死にその会話を止めに入った。
 騒ぎでこちらに注目が集まってしまった教室で、自分がいじめを受けているという話しをされる事にどうしても抵抗があったのだ。

 慌てていたのもあり、思わず楓くんの腕を掴んで止めてしまったがーー
 それがいけなかったのだと、後に私は思い知ることとなる。


「…………。おいで、夢」


 そう言って私の腕を乱暴に掴んだ奏多くん。
 それに従うようにして着いてゆく私を見て、「夢ちゃん!」と呼び止めようとする楓くん。

 だけどーー
 私は決して、その声に後ろを振り返ろうとはしなかった。
 
 腕を掴む力で感じる。
 明らかに怒っている奏多くんを、これ以上怒らせたくはなかったからーー


「……っ。奏多くん……、痛いよ……っ」

「………」


 掴まれた腕が痛くて訴えてみるも、チラリとこちらを見ただけの奏多くんは、終始無言で歩いてゆく。

 仕方なく痛みに堪えながらも黙って着いてゆくと、空き教室の前で足を止めた奏多くん。
 扉を開き、私の腕を乱暴に引っ張って中へと入ると、その勢いのままドンッと壁に押さえつける。


「……っ!」


 その衝撃に、思わず目をつぶった次の瞬間ーー
 私の唇に、何か柔らかいものが触れた。


(……え……? な……に……っ?)


 一瞬、何をされているのか理解ができなかった。


「……っ! んぅぅーーっ!」


 キスをされていると理解した瞬間、目の前の奏多くんを力一杯押し返す。


(いやだいやだいやだいやだ……っ!! こんな事……っ、好きな人としか、したくない……!!)


 そう思うのに、奏多くんは何度も角度を変えては私の唇をむさぼるようにキスをする。


 私もいつかーー
 誰かとキスを交わす時を、夢にも思わなかったわけではない。
 だけどそれは、決してこんな型で訪れるとは思ってもいなかった。

 いつか再び恋をした時、幸せで心満たされるキスを交わすのだと。
 そう、思っていたーー
 
 
 やっとキスから解放された時、私はボロボロと涙を流しながら嗚咽おえつしていた。


「……っぐ……ぅっ……ぅ」

「夢。これは悪い子への、お仕置きだよ」


 優しく私の頬を撫でながら、優艶に微笑む奏多くん。

 私は一体、何をしてしまったのだろうかーー?
 奏多くんが何に怒っているのか、考えてもわからないのだ。

 楓くんとは昔から仲が良かったし、今日に限って何か特別な事をした覚えはない。


「さっき、楓に触ってたね。……どうして?」


 そう言ってニッコリと微笑む奏多くん。
 表情こそ微笑んではいるものの、その目は随分と冷め切っている。

 まるで私を責め立てるかのような瞳に射抜かれ、萎縮した私はコクリと小さく唾を飲み込んだ。

 楓くんに触れるのなんて、そんな事今に始まった事ではない。
 それでも今、目の前にいる奏多くんはさっき私が楓くんに触れた事を怒っているのだ。
 何故、突然そんな事で奏多くんが怒るようになったのかはわからない。

 ーーそれ以前に、最近の奏多くんは何を考えているのか全くわからないのだ。


「ごめっ……なっ……さい……っ」


 気が付けば、無意識に口から出ていた謝罪の言葉。

 目の前で冷たい視線を私に向けている奏多くんは、私がそれまで知っていた奏多くんとはまるで別人のように思えてーー
 それがとても、恐ろしかった。


「もう無理矢理されたくなかったら、楓と口を聞いたらダメだよ。勿論、触るのも触られるのもダメ。ーーわかった?」


 奏多くんのことが怖くてたまらなかった私は、その無茶苦茶な命令にコクリと小さく頷いたのだった。




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