美少女は保護られる〜私の幼なじみはちょっと変〜

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※※※





「ーーおい。ひっつきすぎだろ」

 お兄ちゃんはそう告げると、ひぃくんの首根っこを掴んで私から引き離す。


 ーー新学期が始まり、もう気付けば九月に入ってしまった。


時間ときの流れって、早いなぁ……)


 一人、しみじみとそんな事を考えいると、お兄ちゃんから逃げてきたひぃくんが再び私の後ろへと回り込む。
 そのまま私を抱きしめるように座ったひぃくんは、フォークで唐揚げを突き刺さすと私の目の前へと差し出した。


「はい、あーん」


 ……まるで、二人羽織状態。

 花火大会の日以来、ひぃくんの愛情表現は激しさを増した。


(お兄ちゃんにはまだ言ってないのに……。こんなんじゃ、すぐにバレちゃうよ)


 鬼の逆鱗に触れたくなかった私は、お兄ちゃんには内緒にしようと決めていた。


「……おい。何なんだよそれ。自分で食べた方が食べやすいだろ」


 呆れた顔で溜息を吐くお兄ちゃん。


(……おっしゃる通りです、お兄ちゃん。私だって自分で食べたい)


 いくら言っても頑として譲らないひぃくん。
 勿論、ひぃくんに愛されるのは嬉しい。そんなの当たり前。だって、好きな人だから。

 そんなひぃくんを無下にする事もできず、私は毎回顔を引きつらせながらこの地獄の二人羽織に付き合っているのだ。

 目の前の唐揚げにパクリと食いつくと、「ありがとう」と小さく呟く。


「可愛いー」


 そう言って私を抱きしめるひぃくん。


「響……。刺さってる」

「えー?」


 私の頬に突き刺さるフォークを指差して、お兄ちゃんは盛大な溜息を吐いた。


「だからやめろって言ってるのに……。毎回毎回、お前らはアホか」


 私の顔を覗き込んだひぃくんは、私の頬に付いた三つの穴の跡をさすりながら、悲しそうな顔をして口を開く。


「ごめんね、花音。痛かったねー」

「だ、大丈夫だよ……ひぃくん」


 ひぃくんの愛情表現は激しい。
 ……そして、たまに痛い。

 私は顔を引きつらせながらも、懸命に笑顔を作ってひぃくんを見たーー。






 ※※※






 私の学校では、もうすぐ二日間に及ぶ学園祭が開催される。

 という事で、毎日忙しく過ごしている私。
 一週間後に迫った学園祭を前に、毎日の様に放課後は居残って作業をしている。

 それは私のクラスだけではなく、ほとんどの学年、クラスがそうだった。
 勿論、お兄ちゃんやひぃくんも。

 ひぃくんのクラスでは、中世ヨーロッパをイメージした衣装を着る、中世喫茶というものをやるらしい。
 お兄ちゃんのクラスでは何をするのかと聞くと、お兄ちゃんは「教えない」と言って顔を引きつらせていた。

「絶対に来るな」と、一言も添えて。

 私達のクラスでは、ウサギや猫耳を付けたアニマル喫茶をやるのだけれど……。
 勝手にウサギに決められてしまった私。本当は、猫がやりたかった。

 コスプレ店で借りてきた衣装は、ウサギだけやたらと露出度が高かった。


(だから嫌だったのに……)


 何故か勝手に、決められてしまった。
 理由は簡単。小さいサイズしかなかったから。
 私しか着れる人がいなかったのだ。

 だったらいっそのこと、ウサギなんて無しにすればいいのに。


(お兄ちゃん達に見つかったら、どうしよう……)


 私は小さく溜息を吐くと、ペンキの付いた筆をダンボールの上にベチャッと下ろした。


「花音……。雑すぎ」


 彩奈が溜息を吐きながらジロリと私を見る。


(どうせ塗り潰すだけだから、いいじゃん……)


「猫には、ウサギの気持ちはわからないよ……」


 口を尖らせた私は、ベチャベチャとペンキを塗りながら小さく溜息を吐いた。


「いいじゃない、ウサギ。猫よりウサギって感じだし」

「っ……全然良くないよー! 何あの、水着みたいなやつ……っ」


 泣きそうな顔で訴えると、彩奈は「確かに、アレはちょっとね……」と同情する顔を見せた。






 ※※※






 ーーいよいよ迎えた、学園祭本番。

 一日目は、なんとかお兄ちゃん達に見つからずに済んだ。
 問題は、二日目の今日。

 一日目と違って一般客にも開放される今日は、忙しくなる事を予想してシフトが細かくなっていた。
 その細かく組まれたシフト割りに、私はとても怯えていた。

 細かく休憩はあるものの、昨日の二倍は働く事になる。
 つまり、それだけ見られる可能性も上がるという事だった。

 私は鏡の前に立った自分の姿を眺め、大きく溜息を吐いた。


「こんなの、絶対に見せられない……」


 丸い尻尾付きのモコモコとしたショートパンツに、同じ素材で出来たチューブトップ。
 頭には、ウサギの耳が付いている。

 こんなに露出度の高い格好だとは言えなかった私は、お兄ちゃん達には裏方担当だと嘘を付いてしまった。

 嘘は付かないと、以前お兄ちゃんと約束はしたのだけれど……。どうしても言い出せなかったのだ。


(バレたら、殺される……っ)


「花音ちゃーん! そろそろ、店番出てもらえるー?」

「……は、はーい」


 カーテン越しに聞こえてきた声に返事を返すと、コクリと小さく唾を飲み込んで目の前のカーテンをチラリと捲ってみる。
 その先に見えたのは、一般客や他校生の人達で少し混んできた教室。


(まだ、お昼前なのに……)


 目の前の光景を見る限りでは、アニマル喫茶はそこそこ人気があるみたいだ。
 それは勿論嬉しい事なのだけど、できるだけ人目には触れたくない。

 地獄の幕開けの予感に小さく身震いをすると、私は覚悟を決めてカーテンの外へと一歩を踏み出したーー。






 ※※※






「君、可愛いねー。この後、一緒に遊びに行かない?」


 私の目の前でニッコリと微笑む、他校生らしきチャラそうな男の子。


「あ、あの……。ご注文は……?」

「んー……。じゃあ、君」


 ニコニコと微笑む男の子を前に、思わず笑顔を引きつらせる。
 店番に出てからというもの、さっきからずっとこんな調子。

 誰よりも露出度の高い衣装を着た私は、きっと物凄く軽い女だと思われているに違いない。


「写真、撮っていい?」


 そう言って携帯を取り出した男の子。


「ーーは〜い! 撮影は禁止で〜す!」


 男の子が私の姿を撮影しようとした瞬間、携帯をガシッと掴んでそう言った志帆ちゃん。
 そのままクルリと私の方へと顔を向けると、ニッコリと微笑む。


「花音ちゃんは、入り口で呼び込みやってきて?」

「……えっ?! 呼び込み?! ムリムリムリムリ!」


 慌てて何度も横に手を振ると、私の肩に手を置いた志帆ちゃんがニコッと微笑んだ。


「花音ちゃんが立つと、人が集まるから! 一位目指して、頑張ろうねっ!」


 気合い満々の笑顔でそう告げた志帆ちゃんは、私に看板を持たせるとさっさと教室から閉め出す。


(え……)


 突然廊下に放り出され、呆然と立ち尽くす私。
 チラリと看板を見ると、【美味しいケーキ 食べに来てね】と書かれている。


「……花音ちゃん?」


 聞こえてきた声に顔を向けると、廊下を歩いている斗真くんと視線がぶつかる。


「ウサギ、可愛いね」


 私のすぐ目の前までやって来ると、ニッコリと微笑んだ斗真くん。


「えっ?! あー……。凄く嫌なんだけどね、仕方なくて……」

「何で? 凄く可愛いよ?」


 ニコニコと微笑みながら、お世辞を言ってくれる斗真くん。


(なんて優しいんだろう……)


「昨日行けなかったから、行きたかったんだよね。今、空いてるかな?」

「あっ、うん。二人なら入れるよ?」


 斗真くんの横にいる友達にチラリと視線を移すと、そう言って教室の中へと案内する。


「呼び込み、頑張ってね」

「うん、ありがとう」


 笑顔で小さく手を振った私は、教室の扉を閉めながら掛け時計をチラリと確認する。


(……よし。まだ大丈夫)


 今日はひぃくんと休憩時間が被る為、一緒にお昼を食べようと誘われている私。
 約束の時間まで、あと三十分。

 それを確認すると、なんとか三十分だけ気合いで乗り切ろうと覚悟を決めたのだったーー。




ーーーーーー



ーーーー





 そのまま、暫く廊下で呼び込みを頑張った私は、チラリと背後にある扉から教室の中を覗いてみた。

 店内は既に満員状態で、席が空くのを待っている人までいる。


(これならもう、大丈夫だよね……)


 時間的な事も考えて、そろそろ教室内へと戻ろうと扉に手を掛けたーーその瞬間。
 誰かに背後から肩をたたかれ、呼び止められた私。


「ここって、今入れますか?」


 その声に振り向くと、他校の制服を着た男の子が二人立っている。


「あ、えっと……。今、混んでるみたいで……」


 申し訳なさそうにそう答えると、目の前の男の子は優しく微笑んで再び口を開いた。


「じゃあ、空くまで待ちます。……ウサギ、可愛いですね」

「あっ……。ありがとうございます」


 ペコリと小さくお辞儀をすると、男の子はクスリと笑って看板を指差す。


「……ケーキ。お勧めって、何ですか?」

「モンブランが美味しいですよっ。お家がケーキ屋さんの子がいて、本当にお店で売ってるケーキなんです!」


 ニッコリと笑顔で答えると、目の前の男の子の顔が急に赤く染まり始める。


(どうしたんだろう……?)


「っ……本当に、可愛いですね」


(……え? ケーキが……?)


 確かにモンブランの見た目は可愛い。
 でも、まだ見てもいないのに……。


(変わった人だなぁ……)


 目の前の男の子を、ジッと見つめる。


「あ、あの……。そんなに見つめないで下さい」

「えっ?! ……あ、ごめんなさい」


 慌てて男の子から視線を逸らすと、逸らした先に見えた人物の姿に驚き、私の瞳は瞬時に全開になった。
 身体から一気に血の気が引き、顔を引きつらせてその場で身を固める。

 私の視線の先にはーー。

 真っ青な顔をして全身をプルプルと震えさせ、廊下で立ち尽くしたままジッと私を見つめるーーひぃくんがいた。


「花音……っ。そんな格好で……、そんな、格好で……っ」


(ヤ……ヤバイ……。見つかっちゃった……。ど、どうしよう……っ、どうしよう……っ!?)


 一人、パニックになりながらもその場で固まり続ける私。


「そんな格好でっ……! エッチしたいなんて、誘うなんてーっ!!!」



 ーーー?!!?! ゴンッ!



 その言葉の衝撃に思わず仰け反った私は、背後の扉に頭を打ち付けた。


(っ……な、なんて? 今……なんて、言ったの……ひぃくん……?)


 ジンジンと痛む後頭部をそのままに、クラクラとする頭で懸命に考える。

 あんなに賑やかだった廊下は一気に静まり返り、私は仰け反ったまま硬直した。


「酷いよっ……!! 酷いよー、花音っ!!!」


 そう言って、メソメソと涙を流し始めたひぃくん。

 廊下に集まった人達は、そんなひぃくんと私を交互に見ている。


(え……。何が、どうなってるの……っ)


「私を食べてだなんてっ……!! 俺がいるのにっ!! ……色んな男を誘うなんて、酷いよー!!!!」



 ーーー?!!



 ひぃくんの放った言葉で、更に真っ青になる私の顔。


(そんな事、言ってないよ……っ。なんて事言うの。それじゃまるで……私が、浮気女みたいじゃない……)


 泣きながら私に飛び付いて来たひぃくん。
 その重さに耐えきれず、ズルズルと扉越しに床に崩れてゆく私の身体。

 そのままペタリと床にお尻を着けた私は、私にしがみついてボロボロと涙を流すひぃくんのつむじを見ながら、ただ、呆然と考えていた。


(……泣きたいのは、私だよっ……ひぃくん……)


 チラリと看板に視線を移すと、そこには【美味しいケーキ 食べに来てね】と書かれている。



 ーーーガラッ



 寄りかかっていた扉が突然開かれると、私はそのままゆっくりと後ろへ倒れた。
 仰向け状態で教室内へと倒れ込んだ私の腰には、ボロボロと涙を流すひぃくんがひっついている。

 そんな私の頭上には、驚いた顔をする斗真くんが立っている。


「花音っ……酷いよー!! どうして?! ……私を食べてだなんてっ!! 酷いよーっ!!!」


(……ケーキだよ。ケーキだから……、ひぃくん。お願いだから、ちゃんと読んで……っ)


 静まり返ってしまった教室と廊下で聞こえてくるのは、「酷い……酷い」と何度も告げるひぃくんの言葉と、悲しみに暮れてすすり泣く音。

 私はそんなひぃくんの泣き声を聞きながら、ピクリとも動かずに放心していた。 

 素肌が剥き出しになっている私のお腹は、ひぃくんの涙と鼻水で随分とシットリとしている。


(何でいつもこうなの……っ)


 周りから好奇の視線を集める私は、真っ青な顔をしたまま一点を見つめるように、ただ、呆然と天井を見上げていたのだった。







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